東アジアの風見鶏

政治と外交と軍事についてです。

朝日新聞はいい加減、重度障がい者をダシに醜悪な意見を通そうとするのをやめろ。

朝日新聞がとても気持ちが悪い記事を掲載していました。

www.asahi.com

私は以前、この件について朝日新聞の論調については反対だと書きました(下記参照)。

akaglass.hatenablog.com

朝日新聞は事件についてこのような論調の紙面ばかりを掲載しており理解することができません。特に、本文上の「悼まれる機会」というのが、具体的にどのようなことなのか、私にはあまり理解することができませんでした。テレビなどのマスメディアがこの相模原の事件を報道することで、「悼する機会」が失われることがあるのでしょうか。

 

これはおそらく、自分の理解なのですが、朝日新聞をはじめとしたマスメディアは、「その被害者の人となりや経歴を実名報道することで追悼したつもり」になっているだけだと思うんですよね。

例えばマスメディアの報道でありがちなのが、被害者が卒業文集でどのようなことを書いたのか調べつつ、被害者の周辺を取材し報道することで、被害者の人となりをあぶり出し、報道することがあります。そのような歴史を持つ人が殺害されたと報道することが、マスメディアの考える「悼する機会」なのだと推測します。

 

しかしそれはとても危険な思想だと思います。そのような取材が被害者家族の周辺で行われた際、被害者の個人情報を報道したり、被害者が知られたくない事実をマスメディアが報道する可能性もあります。それも日本のマスメディアの数だけ、遺族に取材を迫るわけですから、遺族の方々が匿名報道を希望するのはとても理解できることです。

 

結論としては、朝日新聞は重度障がい者をダシに自社の意見を突き通そうとすることをやめてもらいたいと思います。このように、朝日新聞の意見にあう人物に朝日新聞の意見を述べさせるのではなく、まず何故、遺族が匿名報道を希望するのか理由を取材することこそがマスコミに求められているのだと考えます。